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1979年に群馬の片田舎で生まれ、群馬から茨城という稀に見る北関東縦断を行い、...

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VibuLous

2007年04月21日 6:30

「私とお店を出してないか?」
こんな一言から始まった。

そこはとあるパーティ会場。
茨城の政治家や代議士やらが顔を出しているところ。
その当時、俗に言う"大物"が集う場所。

2,3週間後に、承諾して上海に。
そのお店の備品やらコンセプトを決めるために。
朝から働いて、朝まで飲んだ。
エグゼプティブな甘い蜜を吸った。

「君とは5年間くらいの期間、一緒に働こう。
 このお店を大きくして全国展開していこう。」

その当時はあまりよくわからなかった。

ベンツのS600なんかに乗って東京に行った。
僕は運転手、後ろに乗っている。

愛宕や恵比寿などの高層ビルの上で食事をする。
最高のサービスに最高の食事に最高のワイン。
そのときの客単価で1人10万はいってた。
「私はこんなんには負けたくないよ。」

1年間後におよそ1億5000万くらいのお店を作った。
「このお店に私は賭けている。一緒に頑張ろう。」

うまく売り上げが続かない。
社内での揉め事も多い。

「今は我慢してくれ。これからだ。」

今考えれば、我慢以上に努力するべきだった。
なにもかも後悔の海に。

お店を作って1年後
「すみません、今月で辞めます。」

なんのリアクションもなく承諾。
僕は次の仕事を見つけに出かけた。

それからはたまに電話がかかってきて
「今、東京にいるんだ、一緒に飲もう。」
「すみません、今日も残業なので、、。」

会社を辞めるときから会っていない。

会っていない。
もっと会っておけばよかった。
もっといろいろ喋りたかった。
今なら少しだけ話せると思う。

が遅い。

12月24日、心筋梗塞で亡くなった。
突然だった。

今は人生を楽しむしかない。
笑って写真に写るしかない。

ここからが、僕たちが受け取ったバトンの最初。
どんなリレーをしていくのか、
どんなことをしていくのか、なんも決まっていない。

決めるべきでもない。

ここで受け取った様々な出来事を活かせるよう
人生を楽しく生きて生きたい。

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