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犬一
1979年12月11日 香川県坂出市出身 東京都町田市在住 フリーの妖怪絵師...

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下北沢で一人飲み

2006年10月15日 1:23

昨夜はあてもなく下北沢を徘徊していたが、
暗くなってきて特にやる事もなかったので、
ちょっと一杯飲んで行こうと思って、
以前醜態を曝してしまった立ち飲み屋 に、
勇気を出して入ってみた。

店主は私の顔を一瞥して、
「お客さんは…どこで会った人だっけ?」
と言ってきたので、
「以前泥酔状態で御迷惑をおかけしたように思うんですが」
と答えたところ、
「はいはい、あの時の!」
と、意外にも温かい反応で迎えてくれた。

以前来た時にもいた常連のおっちゃんと意気投合、
武士道、仏道、ロックの話で盛り上がる。
年長者との会話はすごくおもしろい。
するとおっちゃん、
「ところで君は仕事は何してるの?」
と訊いてきたので、
「僕は妖怪…あ、いや、絵を描いてます」
と答えた。
「へ〜おもしろいね〜」
と、その時は軽く流されたように思った。

しかし更に杯を進めるうちに二人とも盛り上がってきて、
「携帯の画像で小さいんですが、僕が描いたもの見ます?」
と言ってなんとなく作品を見せたところ、
「おお!いいじゃない!」
と言われた。
もちろん悪い気はしない。

そして話は意外な方向へ。
「実は僕も35年間イラストレーターやってるんだよ」
「そうだったんですか!?」
「いやあ、君の絵いいよ。苦しいのが伝わってくるよ。
良くないと面倒臭いから自分が絵描いてるって言わないんだよ。
じゃあ今度画廊の人に紹介するからさあ、
もっと大きくプリントアウトした物を持ってきてよ。
しろうちゃん(店主)に渡しておいてくれればいいから」

酔った上でのおいしい話というのは危険だが、
少なくとも店には絵を貼らせてもらえる事にはなった。
酔っぱらいの賞賛の言葉を真に受け過ぎず、
これからも理解者を捜して行こうと思う。

そしてここから新たな客と絡む事に。
その客の口から極真という言葉が出たので話しかけてみると、
私と同じ極真空手の経験者だった。
「どれくらいやってたんですか?」
と訊かれたので、
「ちゃんとやってたのは三年ぐらいで、
帯は茶色、指導も少しやってました」
と答えると、
「…へ〜すごいじゃないですか。
ちょっと腕相撲してみませんか?」
と返してきた。

明らかに疑っとる。
見た感じ未熟児虚弱体質の酔っぱらいを。
こんなやつが極真空手経験者であるわけがないと。
相手は見たところ年の頃二十代前半の肉体労働者風。
腕相撲をしても勝ち目がない事は分かりきっていた。
私はそもそもいくら鍛えても腕相撲が弱いのだ。
しかも腕相撲を挑んでくる相手に勝った事など一度もない。
そういう人は腕力に自信がある人が多いから。

私は酔っていながらも冷静に、
「僕腕相撲弱いんですよ。現役の頃も蹴り技主体でしたし。
実際戦わないと空手をお見せする事はできませんからねえ」
とうまく逃れたつもりが、
「じゃあちょっと表出ますか」
という流れになってしまった。
排尿をすませてやる気満々の彼。
酔っぱらって足元もおぼつかない私。
「おいおいあいつ大丈夫かよ」
という声が聞こえてきた。

やるしかない。
昔を思い出せ。
今でも毎日しつこく鍛えとるやないか。
落ち着いて対処すればさばけるはず。
そう自分に言い聞かせて応じたところ…

体 が す い す い 動 く !

相手の攻撃はほとんど見えるし、
自分の攻撃は相手に当たる直前で止めてあげる余裕もある。
しばらくやっているうちに相手も、
「いや、さすがっすね。僕の負けっす」
と言ってきた。
なかなか潔い青年じゃないですか。

かっこよく立ち去ろうと思った私は、
すばやく会計をすませて、
「また来ます」
と言って駅に向かった。
なんか今日は酔っても調子ええぞ!
ええ事ばっかりやぞ!
と調子に乗っていたのも束の間、

ア バ ラ が 痛 い !

一発いいのをもらっていたみたいだ。
経験上これは肋骨にヒビが入っている。
完治まで二週間前後といったところ。
…あの加減を知らん野郎め!
次会ったらなあ、封印しとった必殺技、
寸勁(すんけい)を喰らわせてやるからな!

ところでみなさん、
私が何歳か御存知でしたっけ?
この十二月で二十七歳になります。
これからもずっと子供でいたいです。

向上心を持ってラクガキをする

2006年10月12日 0:52

暇な時スケッチブックに筆ペンでラクガキをしているのですが、
最近徐々にページ全体が埋まる時間が短くなってきました。
迷いなく線を引けるようになったからでしょうか。
それとも単純に描くスピードが速くなったからでしょうか。
ラクガキも向上心を持って行えば技術が向上していくんですね。
814797_3973402152.jpg

やる気のない鬼太郎

2006年10月11日 1:02

大人になって妖怪が見えなくなって、
やる事がなくなってしまい呆けている鬼太郎です。
今日はやる気が起きなかったので暇つぶしに描いてみました。
240362404_103.jpg

濡女

2006年10月10日 3:30

仕事の幅をできるだけ広くするために、
いろんなタッチを描き分けられるよう日々精進しております。
そこでちょっと怖めの濡女(ぬれおんな)を描いてみました。
勢い良く描くのは気持ちいいし楽ですね。
506301_2503230311.jpg

百鬼夜行図彩色

2006年10月07日 0:12

百鬼夜行図を彩色してレイアウトを変えてみました。
黄と紫の配色は昔から大好きなんです。
506301_3065538952-1.jpg

百鬼夜行図

2006年10月06日 2:07

「器物百年を経て魂を得る」と言いますが、
百年経つ前の九十九年目に捨てられた道具が化けた事から、
捨てられた古道具が化けた妖怪を九十九神(つくもがみ)と言い、
またそれが転じて付喪神と表記する事もあります。
それら「器物の怪」が練り歩く様子を書いた物が、
よく見られる百鬼夜行絵巻であります。

私も百鬼夜行図を描く事にしました。
自分が今まで捨ててきた物を二十体近く描き、
それをスキャンしてPhotoshopで彩色して切り抜き、
Illusuratorで配置してレイアウトしてみました。

しかしどうも物足りない感じです。
もう少し改善の余地がありそうですね。
506301_4076346148.jpg

少年の心を忘れない

2006年10月02日 8:35

昨日は祖父の四十九日の法要でした。
食事の際タダ酒なのをいい事にけっこう飲んでしまったのですが、
さすがに下戸ばかりの親戚達の前で醜態を晒すには至りませんでした。

しかし酒に失敗はつきもの、
帰宅してもほろ酔いの私が妹にじゃれついたところ、
激怒した妹は私の髪の毛を引っ張ってきました。
ハゲたらどうしようと思って妹の手首を強く握ったところ、
かなりの大喧嘩になってしまいました。

「おまえら一体何歳や?」と呆れる祖母と母。
確かに自分達を客観的に見るとアホくさすぎる。
素に戻っておとなしくなった私に、
妹はずっと「強くつかみやがって!」等と言っておりました。

そう言えば先日もこんな事がありました。

私は今でも格闘技術を衰えさせないために、
時々妹を相手にタックルの練習に励んでいるのですが、
(体重が同じぐらいなのでいい練習台になるので)
その流れで妹に関節技をかけているところへ、
ちょうど親戚が尋ねて来ました。

プロレスごっこでもしていると思われたのか、
「二人とも仲ええなあ」と言われてしまいました。
内心ではかなり呆れていた事でしょう。

27歳と24歳の兄妹が、
つかみ合いの末罵り合ったり、
プロレスごっこのような事で盛り上がったり、
20年以上昔とやっている事が全く変わっておりません。
書いていてさすがに恥ずかしくなってきました…

それはさておき本日やっと東京に帰ろうと思います。
また納骨の際には帰省しようと思っているのですが、
それまでにもう少しは大人になっておきたいです。
心身共に成長しておきたいと思っております。

そうですね、
もっと速く妹の関節を極められるようになっておきたいですね。

今でもたまに見る悪夢(下)

2006年10月01日 18:26

→(中)の続き
こうして格闘技術の面では何の収穫もないまま私は帰国する事になった。
収穫と言えば友人ができた事ぐらいだった。
しかしそれは私にとって意外と大きな収穫だった。
それまでの私は大学内に友達も少なく、
全く大学生活を謳歌する事ができていなかったからだ。

もう空手家としての私の牙は抜け落ちていた。
鉄のように鍛えたつもりだった私の心も、
ふたを開ければ実はふにゃふにゃだった。
ただ楽しい事を知らなかっただけなのだ。
楽しい事がないから厳しい練習にも耐える事ができたし、
空手に執着する事ができていたのだろう。

帰国しても道場に行かなくなったのは自然な流れだった。
友達と遊び呆けてふと道場の前を通る事があると、
先輩に見られたらどうしようとヒヤヒヤしたものだ。

その後も何年かは道場に在籍したが、
たまに練習に行っても私の居場所はなく、
私に向けられるのは軽蔑と落胆の眼差しのみ。

結局最期は「実家に帰るのでやめます」と嘘をついてやめた。
全く誠意がないやめ方である。
道場主の先輩は私の方を見ずに、
「おーう、がんばれよ」と全く感情を込めずに言った。
まるで全てを見透かしているかのように。

留学中の話に戻るが、なぜか留学生の間では空手が流行っていた。
デンバーに二宮城光先生の円心空手の総本部道場があったからだ。
留学仲間の何人かはその道場に通っていたが私は通わなかった。
二宮先生は極真(私が所属していた流派)が嫌いだったし、
私には、せっかくアメリカに来たのだから、
本場のボクシングを習いたいという思いがあったからだ。

それでも私は空手という分野だけにおいては、
留学仲間からそれなりに認められていたのではないかと思う。
昨日今日空手を始めた人間からすると、
私が達人のように見えたのかもしれない。

実際その中にたいして強い人はいなかったし、
彼等が空手をやるのは留学中だけだろうと思ってはいたが、
教えを乞われれば教える事もあった。

私は完全に空手キャラだった。
初対面の相手から「ああ、あの空手の人!」
と言われるぐらいだったし、
その事に関しては好ましくも嫌でもなかった。

帰国して空手をやめて数年後、
留学メンバーの大きな集まりがあった。
留学以来私に会っていない人達は皆口を揃えてこう言った。
「あっ空手の人だ!」
「空手まだやってんの?」
「この人空手すごいんだよ!」
なんともその場から逃げ出したいような、
本当にいたたまれない気持ちでいっぱいだった。
たるんだ脇腹でも見せてやろうかと思った。

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時々今日みたいに空手の夢を見るんです。
あんなに青春の貴重な時間を費やしたのに、
終わり方が悪かったせいで、
ずいぶんと後味の悪いものになってしまいました。
今後空手が人生の役に立つような事はおそらくないでしょう。
ただ虚弱体質ぐらいは改善されたと思いたいです。

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