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1961年、新潟県十日町市生まれ。公立中学英語教師を経て、30歳で書芸家に転身。...

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魂あるアートを・・・

2008年09月09日 10:34

さて、アートな話の続き・・・
現代舞踏は行き詰まっているらしい・・・
そうなのか?
土方巽を祖とする日本の現代舞踏・・・
これまで大駱駝艦や山海塾、そのほかにも、土方巽の流れを汲む舞踏家たちの
公演を見て、それぞれに感動があった。その現代舞踏がいま閉息状況にあるという。舞踏家がウチに引きこもってしまい、外に向けて開けていかない状況なのだという。
大野一男の薫陶を受けた舞踏家の岡佐和香氏は、いまその閉息状況を打ち破るべく、さまざまな挑戦をしているが、今回の書とのからみも、その一つの試みとなるだろう。

肉体を極限まで使い切り、身体表現の可能性を求めていくのが現代舞踏の目指すところ・・・だが、どんなに自在に身体を動かせたとしても、そこに魂というものがなかったなら、単なる曲芸と同じことになってしまうだろう。
そしてそれは書の場合も同じだと思う。たとえさまざまな書法を身に付け、あらゆる筆線を自由自在に書けるようになったとしても、作品に魂がなかったなら、それは単なる曲芸だ。

では「書に魂を込める」とはどういうことなのか、「魂のこもった書」とは一体どんな書なのか、ということになると、これはまたむずかしい話。
たとえば「愛」と書かれた書を見れば、人はその文字から愛に思いをはせるだろうが、それはもともと、文字そのものが意味を持っているからであって、文字や言葉を書いたからといって、即、魂のこもった書になるというわけではないのだ。
また一方で、文字を書かない筆線による抽象表現作品はどうかといえば、
それはそれで一歩間違うと、それこそ線描による曲芸作品のようなものに
なってしまいかねない。
「魂を込めて書を書く」とか「魂のこもった書を書く」というのは、
口で言うほど容易いことではないのだ・・・

そうと知ってなお、自分は魂ある書芸作品というものを、生涯求めていくつもりだ。
そう思えるのは、書はソウル・ドローイングであり、現代芸術としての力を有するアートであると確信しているからだ。
SOGENのアートがそれを証明する。とくとご覧あれ。

SOGENことなか!

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