親心
2009年06月08日 14:23
ウチの書塾(SOGEN書芸塾ARC)は、今年で13年目になりますが、
これまで色々な人たちが集い、また去っていきました。
中には書道家としてテレビ番組や雑誌などのメディアにも登場し、
活躍の場を広げている若い人たちもいます。
去っていく人たちに対しては、せっかく集ってくれたのに、と残念に
思う気持ちと、また特に、若い人たちについては、まだ未熟なのに、
いいとこ取りだけしてメディアに出ていくことに対して、
「何なんだ」という思いも以前はありましたが、今では「来る者は
拒まず、去る者は追わず」の心境です。
これは、生意気な言い方ですが、こんな自分にも、少しは「親心」
というものがついたからなんじゃないかと思うのです。
いつまでも子どもを囲っておく親はいません。いたとしたらダメ親です。
昔から、「可愛い子には旅をさせろ」という格言にもあるように、
子どもには冒険をさせて、その姿を高い木の上に立って、
見守るのが親の勤めです*(ちょっと金パチ?)
そういった意味では、書道の世界にはバカ親が多い・・・ と言ったら
叱られるでしょうが、子ども(弟子)を一生囲ってダメにしてしまう
親(師匠)が多いような気がします。
ほんとうに出来た師匠は、子どもに旅をさせるものだと思うのです。
そう思うと、ウチの書塾も、ある時期に来てくれた人たちに対して、
何かしらを伝えることができればそれでいい。
そして、それをどこかで、 何かしらの形で活かしてもらえたなら、ありがたい・・・
最近になって、ようやくそんな風に思えるようになりました。
伝えたいのは、実は、技よりも心なのです。
私が主宰させてもらっている「SOGEN書芸塾ARC」は、一般にいう ところの
書道教室ではありません。
お手本もなく、自由に書くことを通して、書に親しんでもらっています。
「書はソウル・ドローイング(魂の線描)である。」というのが
SOGENの考える書芸術の核心です。
その心を、さまざまな活動や出会いを通して、日本はもとより
世界に伝えていけたらと願っています。
(*注釈)
「親」という文字の原義は、実は木の上に立って見ているのではなく、
「辛」の部分は、肌身を刺す鋭いナイフを描いた象形文字です。
ヘンの部分は、ナイフで切られた生木。
ナイフで身を切るように身近に接して見ていること。
じかに刺激を受ける、親しい間柄の意。
だから、たとえば「親友」という言葉には、単に「親しい友」という
だけではなく、いざという時には自分や相手の身さえも切るような、
深いつながりを表す意味があるのです。
※作品:SOGEN書「親」(象形文字「親」からのデザイン書)



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