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1961年、新潟県十日町市生まれ。公立中学英語教師を経て、30歳で書芸家に転身。...

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精神的な快楽V.S.肉体的な快楽

2009年07月06日 14:37

快楽には大きく分けて、精神的な快楽と肉体的な快楽があると思う。
肉体的な快楽には、食欲・性欲・睡眠欲といった三大欲を満たすことで
得られる快感が含まれる。
だが、それとて、脳が気持ちいいと感じるのだから、肉体的な快楽を通して
精神的な快楽を得ているのだと言えるかもしれない。

作家の林真理子さんが昔、『さみしい女は太る』という本を出して注目された
ことがある。
さみしいと食べるのは、精神的なさみしさを、食欲を満たすことで補おうとする
行為なのであり、過食症などは、その延長上にあるように思う。
性的なものに囚われて振り回されがちな人も、やはり、さみしさを紛らわすため、
その代償を求めてのことなのかもしれない。

快楽には精神的な快楽と肉体的な快楽がある言ったが、究極の快楽は、
精神的な快楽のほうにあるように思う。
もし仮に、同じくらい強烈な精神的な快楽と肉体的な快楽があるとすれば、
精神的な快楽のほうに軍配が上がる気がする。
心が完全に満たされて、光に満ち溢れていたならば、肉体的な快楽というものは、
もはやさほど必要なくなるかもしれない。

以前ブログで、『最後の冒険者』という本を紹介させてもらった。
昨年の2月に、熱気球による大平洋横断の途上で消息を断った冒険家の
神田道夫さんのことを綴ったノンフィクション。
植村直己さんにしろ、神田さんにしろ、なぜ命の危険を賭けてまで、
冒険に乗り出そうとしたのか・・・
家にいれば、愛する家族と共に、何不自由のない快適な生活を送ることが
できたというのに・・・
思うにそれは、冒険が、彼らにとって、日常の平穏な生活の中で得られる
肉体的、精神的な快楽以上の、強烈な精神的な快楽を得ることができる場
だったから・・・なのではないかと思う。
彼らにとって、命を賭けての冒険は、快楽の極み・・・
だからこそ、死ぬまでやめることができなかったのではないだろうか。

生涯において、そんな強烈な精神的快楽を得られるものに巡り合えた人は、
幸せだと思う。
ふつうの人間は、常に精神的な快楽と.肉体的な快楽の間で揺れ動き、
精神的な快楽が得られないその代償として、肉体的な快楽を求めがち
なように思う。 だがそれは、人として、当然といえば当然のこと・・・
人間はその生涯を通して、自分の中にある、精神的な欲望と、
肉体的な欲望との折り合いをつけながら、生きていくもの
なのかもしれない。
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