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1961年、新潟県十日町市生まれ。公立中学英語教師を経て、30歳で書芸家に転身。...

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河井寛次郎著『六十年前の今』を読んで・・・その1

2009年08月20日 11:26

河井寛次郎の『六十年前の今』という本を読み終えた。
友人に薦められ読み始めたところ、これが面白く、一気に読んだ。

河井寛次郎は明治・大正・昭和の時代を生きた、有名な陶芸家だが、
これまで作品を直に見たこともなく、著書があることも知らなかった。

この本の内容は、河井が島根で送った子ども時代の話が大半で、
古き良き時代の日本の庶民の生活や風物が、子どもの感性豊かな
視点で綴られていて楽しかった。

話はまず、「吉太と先生」という一稿から始まる。
吉太という、大人たちも手が付けられぬほどの乱暴者の子どもがいた。
落第を重ねて、16才でようやく高等科の二年生になったところを
吉田先生という先生に受け持たれた。

以下、少々長くなるが、本文より抜粋した原文をお読みいただきたい。
(発行元の方、すみません。ここはぜひ読んでいただきたいところなので!)

吉太が其高等科の二年生であった或日、書き取りの時間に
吉田先生は、何を思われたか、お前は誰よりも一番よく知っている筈だが、
「乱暴」という字を書いてみよと吉太を名ざされた。
吉太は黒板の前に立つた。
先生のあて付けがましい此皮肉にも、吉太は毛程にも意に介しないが如く、
然し一寸後を向いてあざ笑っていそうな生徒達に眼を向いて見せて、
いきなり白墨を掴むや否や、一尺四方もあらうと思はれる様な大きな字で
「乱」と下手糞に書いてのけた。がさて次の「暴」の字が思い出せなく、
暫くじっとしていたが、何を思ったのか其下に縦棒を一本黒板の下迄ずうつと
引くなりさっさと自分の席に帰って了つた。
先生も生徒も此の傍若無人の振舞ひにははつとしたが、先生は吉田先生は
ただの先生ではなかった。
吉太はもとより、生徒達は誰も皆吉太が竹で作った大きな習字の時の水注ぎを
水平に持たされて、教壇の傍らで皆の方を向いて授業中立たされるに違ひないと
きめていた。ところが意外も意外、先生は「よしよしよく書けた」と
何でもないやうに言ってもけられたので、皆は二度びつくりして何事かと
かたずを呑んだ。
吉太はあつけにとられると同時に、身体中はね返されたやうな衝撃を受けた。
吉田先生には此れ迄見えなかった吉太の豪胆と俊敏とのひらめきが、
ぱちつと見つかったのであつた。
「皆さん、此の縦棒は文字ではないが、吉太は文字以上の文字を書いたので
先生は感心しました」と言われた。
生徒達は、先生の此の言葉の意味が半分解るやうで半分は解らなかつたが、
吉太は半分処か何が何だか解らずに、ただわくわくするだけであった。
生まれて以来吉太はこんな言葉をかけられたことがなかつた。
叱られるか、けなされるか、何れにきまつている言葉で固められた身体に、
これは全く這入りやうのない言葉であった。
同時に先生は、吉田先生は吉太よりも生徒よりも誰よりも、これ迄一度も
見たこともない自分自身がちらつと見付かったやうな気がして、
何か解らないがえたいの知れない熱いものが身体の中にこみあげて来たやうに
思われた。
 知らない自分に出会つた自分----驚きといふのは、喜びといふのは、
そんな自分に出会つた時に起こる現象なのだ。先生は之をきつかけに
自分の中にいる底知れぬ自分をみつめながら自分自身に驚き続けてゆかれた。
 ない自分をつかまへて居る、ない自分---意識面の自分をぶつぱなして
始めて見る事の出来た深度にいる自分。
且つて見た事もない無数の自分。あらゆることに不可能でない筈の自分。
然もそれさへない自分。徐々にではあつたが先生の肉は盛り上がり、
眼は輝きを増してこられたのであつた。
そして吉太は吉太で、此事があつて以来急にしょげ込んだやうに元気が無くなつた。
彼の身体の中にも、只ならぬ異変が起きていたのである。


吉太と先生の物語はまだこの後も続く。
興味ある方はぜひ原書をお読みいただきたい。

テストの点数やスポーツの順位といったものは、目に見えるから分かりやすい。
だが目には見えないものの中にこそ、もっと大切な何かがある・・・
そういったものを見れる、見ようとする大人が昔にもいたと知り、
思わず目頭が熱くなった。

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