すべてに通じる必勝法
2010年06月14日 13:11
トータルで勝つための必勝法=負けを潔く認めること
仕事にしろ遊びにしろ、事にのぞむにあたって、常に勝とうとする姿勢は
素晴らしいけれど、ときに負けを潔く認めることが、次の勝利につながる、
ということが、往々にしてあるように思います。
トコトン粘ることも時に必要ですが、常に勝たなければ、という欲を捨て、
負けを素直に認めて次の勝負にそなえる・・・
それが出来る人が、何の世界でも、トータルで勝ち越せる人のように思います。
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トータルで勝つための必勝法=負けを潔く認めること
仕事にしろ遊びにしろ、事にのぞむにあたって、常に勝とうとする姿勢は
素晴らしいけれど、ときに負けを潔く認めることが、次の勝利につながる、
ということが、往々にしてあるように思います。
トコトン粘ることも時に必要ですが、常に勝たなければ、という欲を捨て、
負けを素直に認めて次の勝負にそなえる・・・
それが出来る人が、何の世界でも、トータルで勝ち越せる人のように思います。
何かしら、形を描かなければ、書や絵にはならない。
しかし、形に囚われると、生きた線、生きた形は生まれてこない。
だから、形に囚われることなく、自分の呼吸で線を引き、
形の向こう側にある、形でない形を引き寄せ、描くのだ。
郵便局に行ったら、FIFAワールドカップの歴代ポスターの切手が売り出されてた。
中にSOGENの仕事も・・・ おっ!一番目立ってるかも? SOGENことなか!
よかったら記念にどうぞ。

この8月、韓国の美術館で、書の企画展を開催、
合わせて講演とパフォーマンスを行う予定です。
日本はいまだに伝統的な書道が趨勢ですが、
韓国の人たちの、現代芸術としての書芸への想いは熱く、
「韓国で何かやってほしい!」というラブコールをよくもらいます。
8月の展覧会や講演も、その想いに応える形で
実現する運びとなったものです。
海を越えての書芸を通してのsoul to soulの交流、
いまから楽しみです。
それにしても、朝鮮半島はいま、緊張状態にあり、
無事、実現できるかどうか、些か心配です。
思えば、数年前、友人のベネズエラ駐日大使にベネズエラに
招待いただいたときも、北朝鮮がテポドンを発射したため、
大使が休暇返上となり、予定変更を余儀なくなれたことが
ありました。
いつも、北朝鮮が何か発射して、予定が狂わされる・・・
どうせ発射するなら、世界の人たちが幸せになれるようなものを、
何か一つ、ドカンと打ち上げてほしいものだと思います。

横濱国際音楽祭で、天才即興コントラバス奏者・斉藤徹さんの音を再び聴く。
今回は、マレーシャーマンの末裔・ザイ・クーニンと、アフリカ・ケープタウン
出身の世界的舞踏家・ジャッキー・ジョブとのセッション。
マレー人の血を持つ南アフリカ人ダンサージャッキー・ジョブと、
マレー人アーティストザイ・クーニンが横濱で出会う。いいじゃないか!!
『Going Home』をテーマに、生まれる前の遠い記憶を探ってきた
ジャッキーにとって、ついに、会うべくして会うことになったマレー。
一方ザイはマレーシャーマンの血を持つためマレーの深遠な記憶を
身体に刻んでいる。
美術・音楽・ダンス・詩・映像の中から今回は言葉と動きで演ずる。
(斉藤徹さんのサイトより)
ザイ・クーニンの狂気を秘めた声、音、手振り、
ジャッキー・ジョブの天地と一つとなったかのような舞、
そして、それと呼応した斉藤徹の深遠なる宇宙の記憶を探るかの
ような、即興演奏・・・
飛び出していって、書を書きたい・・・
いや、筆さえも放り投げて、いっしょに踊りたい。
そんな衝動にかられた。
斉藤徹さんから、「年内にぜひ、何かいっしょにやりましょう。」と
言ってもらった。いまから楽しみだ。
ときに、自分らしさなんかにこだわっていられないくらい、無我夢中でやってみる。
すると、逆にどんどん自分らしくなっていく。
自分を忘れるほど何かに没頭したとき、
本当の自分、本当の自分らしさが生まれてくる。
自然は美しいというけれど、自然のありのままのすべてが美しい、
というわけではない。
たとえば、荒れ果てた畑や庭は、決して美しいとは言われないだろう。
そこに人の手が加わり、心遣いが加わってこそ、人が美しいと
感じるものに変わる。
そういった人の営みのすべてが、アートに通ずるのだと思う。
書も同じ。
書は誰だって書けるけれども、同じ書でも、美しいと感じられるものと、
そうでないものとがある。
その美の世界を求めるのが、書芸なのである。
人が意思を持ちながらも、自意識を超えて、宇宙自然とシンクロしたときに、
個人の我を超えた、普遍性を持ったアートが、生まれるのだと思う。
人生山あり谷あり
シャボン玉みたいに、もう消えて無くなってしまいたい、なんて思うことだってあるだろう
でも、生きてみるもんだ
10代には10代の気づきが
20代には20代の気づきが
30代には30代の気づきが
40代には40代の気づきが
50代には50代の気づきが
60代には60代の気づきが
70代には70代の気づきが
80代には80代の気づきが
90代には90代のきづきが
100歳には100歳の気づきが、ある
いま、もし闇の中であがいていても、生きてさえいれば、
見えてくる光が、必ずある
だから、死ぬな!
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