「自分を超える」ということ
2010年09月03日 9:18
母校の中学校の陸上部の顧問の先生から、生徒が走り高跳びで
全国大会に出るので、「自分を超えろ!」と書いてほしいと頼まれた。
大会の前日に書いた書をお渡ししたところ、その甲斐あってか、
その女子生徒は自己新記録を出して、全国2位になった。
これはスポーツの話。
では芸術において、「自分を超える」とはどういうことなのだろうか。
今日、書の作品を書いていて、ふと思ったことがある。
自分の思い通りに、上手く、気持ちよく書けた作品というのは、
あとから見ると、案外つまらなかったりする。
そうではなくて、どうも上手くいかない、悪戦苦闘して、自分でも
わけがわからないうちに書いたような作品のほうが、何か魅力を
秘めていたりする。
あとから考えてみても、どうしてこんなものを書いたのか、わからない。
そういった作品は、自分らしい作品というよりも、まるで自分でない
存在が生み出したもののように見える。
技を使って上手く書こうとするよりも、そんなものを捨て去って、
自分の魂そのものをぶつけていったときに、自分という一個人を超えて、
作品に光が、いのちの輝きが宿る・・・
そのときが、芸術において、まさに自分を超えた瞬間なのかもしれない。
SOGENことなか!


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