プロフィール

My Portrait
Name:
=☆東 春平
このブログにアクセスいただきありがとうございます。 まずは自己紹介をします。生ま...

トラックバック

カレンダー

- 2009年03月 -

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

QRコード

【音響エンジニアのお仕事なら】まあ待て、ここを読め mobile ver.
このブログはケータイもご覧になれます。

« 2008年04月 | メイン | 2008年06月 »

本能と道徳と知識のバランス

2008年05月30日 1:23

| 記事アーカイブ |

ある場面にぶつかった時にどう対処するかは人それぞれだと思います。この違いはどこから生まれてくるのでしょうか?

人間は対処の材料を本能と道徳と知識から思考しているのではないかと思います。道徳は倫理やマナーや習慣とも表現できると思います。

本能は生まれ持ったものですが道徳と知識は教育を受けたり経験を積むことで得られるものです。

就職や仕事や趣味において目標や夢を叶えるために知識を得ようとすることは誰でも行うことだと思います。

知識を得るためには学校に通ったり情報を集めて研究したり本を読んだり勉強したりすると思います。

このブログによく進路に付いて相談があります。将来○○の仕事をしたいのだけれどもどのような進路を選んだらよいかというのが大半です。

いつから就職をするために勉強や進路を考える風潮が主流になったのでしょうか?どのような学校に行っても将来に役立つ事を学ぶことはできると思います。

自分の知っている限りでは学生時代の勉強の延長線上で仕事をしている人はごく僅かな人達です。ほとんどの人は学生時代と社会人時代を別々の時代として過ごしています。

最近の会社は人を採用する際に知識面よりも道徳面を重視する傾向があると思います。

かつて学歴至上主義的な時代もあったように思います。しかしどんなに知識があっても道徳面が悪かったら良い結果に結びつかないことを経験から学んだのでしょう。

そうは言っても学歴がまったく関係ないかと言うとそうでもない所が話を難しくしていると思いますが。

外国人と交流すると道徳面のギャップを感じることがよくあります。程度は小さくても日本人同士でもこのギャップを感じることがあります。

道徳と一言でいっても社会影響や宗教との関わりもありとても難しいですね。別の表現を考えると躾という言い方もイメージが近いようか気がします。

たとえば本能のおもむくままに生きている人は豊な経験や知識を持っていても社会では扱いにくいイメージがあります。

躾を十分にされた人はたとえ経験や知識が不十分であっても教育し甲斐のあるイメージがあります。

レコーディングエンジニアで豊富な経験や高いセンスを持っているのに消えていく人がいます。

業界を去った理由や事情は人それぞれだと思いますが仕方がないと思ったりもったいないと思ったりもします。

社会は本能的に生きている人には厳しいものが有るかも知れませんね。

社会で頭が良いとか優秀だとか成功していると言われる人は高い業績を達成したり優れたリーダーシップを発揮したりする人達だと思います。

このような人達は高学歴であったり学生時代の成績が優秀だったりとは限らないと思います。

本人に聞くとたいがい運が良かったという返事が返ってくることが多いです。自分の接した印象では本能と道徳と知識のバランスが良いのではないかと感じます。

これはビジネスだけでなくスポーツや芸術で立派な結果を残す人にも言えるような気がしますね。

●このブログの記事一覧は下記です。URLをコピペしてください。
http://clip-inc.com/blog_index/

●このブログのRSS配信アドレスは下記です。
http://problog.jp/blog/215-01/index.xml


コメントを投稿される場合はシステムの不具合で「〜」の文字が文字が化ける場合があります。ご注意ください。化けても問題ありませんが代わりに「ー」などを使うとよいと思います♪お手数かけてすみません。

【テーマ】休暇はきちんと取れますか?取りやすい環境ですか?

2008年05月26日 0:45

| 記事アーカイブ |

休暇に関しては会社や上司によってその考え方に大きな開きがあるのではないでしょうか?。

自分の会社では自分が過去休暇て苦い思い出がありますので取りやすい環境に勤めています。

休暇の考え方は会社の部署によっても差があると思います。休暇の理由としては病気や事故や冠婚葬祭はまったく問題ないと思います。

ところが海外旅行や趣味や娯楽といった目的では厳しい目で見られるのではないでしょうか。

こんな時には休暇の理由を冠婚葬祭にすり替えたり大人の嘘を使うこともあるかも知れません。

このように休暇の理由を現実と世間体を気にして使い分けるのは日本人の特徴的な部分のように感じます。

欧米では休暇を取るのが当たり前の感覚があります。大統領も堂々と休暇を取っていますしね。

日本では休暇を取る事が会社や働いている仲間に迷惑をかける事のように考え罪悪感を感じる人が多いのではないでしょうか。

自分はそうでした。過去の職場では長期休暇を取ると会社の席が無くなるなどと当たり前のように話されていました。

その頃は高度経済成長のまっただ中でした。最近は変わってきていると思いますが職場によってはまだそういった体質が残っているかも知れません。

休暇の権利を強く主張するのも社員は職務に専念する義務などが課せられているので微妙な感じがします。

また職場の秩序を乱す行為と思われては本人にとってもマイナスな事になりかねません。

やはりここは日本人らしく郷には入れば郷に従えの精神で行くのが無難なのかも知れませんね。

自分が20代の頃は残業や休日出勤は苦痛以外の何者でもありませんでした。

しかし30代以降は仕事が趣味というかLifeという言葉を外国人がよく使うのですがそんな感じで苦痛に感じる事は無くなりました。

20代の頃は生活や遊ぶお金を稼ぐ目的で仕事に取り組んでいました。30代になると仕事がLifeになり休暇中でも仕事のことが頭を離れなくなりました。

先日中国出張の時に仕事で関わっている20代の中国人女性に「私の友達は遊びっぽい。東さんは仕事っぽい。そして私は子供っぽい。」と話されて印象に残っています。

中国人の使う日本語は少ない言葉でじつに的を得た表現をします。これは欧米人の使う日本語とは異次元の新鮮な感覚を受けるのは自分だけでしょうか。

ちなみに自分の親しい北京の人は休暇の理由はあまり世間体を気にしないようですね。自分は娯楽の休暇を冠婚葬祭にすり替えた経験がります(笑)。

●このブログの記事一覧は下記です。URLをコピペしてください。
http://clip-inc.com/blog_index/

●このブログのRSS配信アドレスは下記です。
http://problog.jp/blog/215-01/index.xml


コメントを投稿される場合はシステムの不具合で「〜」の文字が文字が化ける場合があります。ご注意ください。化けても問題ありませんが代わりに「ー」などを使うとよいと思います♪お手数かけてすみません。

会話と文章と心のギャップ

2008年05月21日 16:24

| 記事アーカイブ |

誰かと会話をしたり文章でやりとりするのはみなさん日常的に行われていると思います。

特に近年メールやインターネットが普及して文章でやりとりする機会も増えたのではないでしょうか?

自分が社会経験の浅い頃には会話と心のギャップに苦しんだことがあります。

思ったことが上手く言えなかったり思ってもいないことを言ってしまって後で困ったりしました。

文章を書く時も本音をストレートに表現出来ないことはよくあります。

このように考えると会話と文章と心にはギャップのあるもののように思えてきます。

とくに外国人と交流する場合にはこのギャップが広がる傾向があると思います。

以前国際交流経験の豊富な人の会話や文章が国内交流のみの人と少し違うように思った事があります。この時は外国人の影響を受けているのだろうと思っていました。

外国人と交流する時はなるべく理解しやすい表現をしたり例え話を使って納得してもらえるように努力します。

このため日本人同士がよく使う言い回しを使わない場合もあります。例えば本音や本心の事を心の奥でと表現したりします。

会話や文章でやりとりして理解していた事が後になって心の奥の理由に気付いたりすることはよくあります。

このような事は誰でもある程度想像しながら無意識でも話を理解し納得すると思います。

学生時代に女性から恋愛の相談をしたいと言われたことがあります。話をしていくうちに恋愛の相手は自分だったという事がありました。

じつは仕事でもこれににた状況はよくある事です。これは日本人の特徴かと思っていましたが外国でもよくあるみたいですね。

そしてこのギャップには個人差があるようです。ギャップの多い人もいれば少ない人もいます。

ギャップの少ない人をストレートな人と言いますが必ずしもストレートが良いとか成功するわけではないようです。

上手なコミュニケーションのためには変化球も必要なようです。

また会話していた事が文章になるととても硬い表現や緩い感じの表現になることもあります。

このような場合はいったいどちらが本音なのか迷うこともあります。

最終的には会話や文章でやりとりした事に対してその人がどのように行動するかが判断基準になると思います。

よく有言実行などと言われますが話したり文章にしたことに対してそれがどのように実行されるかがその人の信頼を計る基準になるようです。

自分がこのブログを投稿し始めた頃は文章と本音のギャップに苦しみました。

しかし投稿を重ねていくうちに上手になってきたようです。それは文章を書く経験の浅い人の文章を読んだときに気が付きました。

逆に経験豊かな人の会話や文章を読むとその表現力の豊かさに強く感心するようにもなりました。

どのような事でもある程度数をこなさないと分かってこない事があるようですね。

普段無意識でしている会話や文章も改めて考え直すと深いものがあると思います。

●このブログの記事一覧は下記です。URLをコピペしてください。
http://clip-inc.com/blog_index/

●このブログのRSS配信アドレスは下記です。
http://problog.jp/blog/215-01/index.xml


コメントを投稿される場合はシステムの不具合で「〜」の文字が文字が化ける場合があります。ご注意ください。化けても問題ありませんが代わりに「ー」などを使うとよいと思います♪お手数かけてすみません。

【テーマ】ストレスのたまる出来事とストレス発散法

2008年05月19日 23:27

| 記事アーカイブ |

自分がストレスのたまる出来事はほとんど人間関係が原因になっています。

理不尽な事を言われたりプライドを傷つけられるような事を言われたりするのが一番ストレスを感じます。

社会経験の浅い時期には仕事で失敗したり自分の思ったように行かない事がストレスになっていたように思います。

そう考えるとストレスの原因も経験と共に少しずつ変化していくもののようです。

ストレス発散法はその原因に直接向き合うかまったく関係のない他の事で発散するか2つのパターンがあります。

自分の力でなんとか出来るストレスには向き合いますがどうにもならない事もあります。

このようなストレスの場合は他のことで発散するしか無いですよね。

自分のストレス発散法はとにかく人に喋る事です。自分の気持ちを人に喋るだけでもストレス発散になります。

そのような時は別に答えや結論を求めているわけでは無くただこんな事があって気分が悪いとか腹が立ったとか理不尽な思いをしたと話すだけです。

ですから話をしやすいのは聞き上手な人になります。その話題を議論したり結論を求めるような相手だと話が面倒な方向になり相談をしたことを後悔することもあります。

人によっては相談されると何か答えを出さなくてはいけないと思い白黒はっきりさせようと議論になる場合もあります。

これではストレス発散のための話が逆にストレスになってしまいます。ですから誰に相談するかは重要なポイントになりますね。

このような話をするときは「○○の件もう済んだけれどもとても気分が悪かった・・・」などのように切り出します。

趣味のバイクも良いストレス発散になっていると思います。何か別のことに夢中になるのも良いストレス発散法ではないでしょうか。

また自分はあまりしませんが買い物をするのもストレス発散になると言う話もよく聞きますね。

●このブログの記事一覧は下記です。URLをコピペしてください。
http://clip-inc.com/blog_index/

●このブログのRSS配信アドレスは下記です。
http://problog.jp/blog/215-01/index.xml


コメントを投稿される場合はシステムの不具合で「〜」の文字が文字が化ける場合があります。ご注意ください。化けても問題ありませんが代わりに「ー」などを使うとよいと思います♪お手数かけてすみません。

主観と客観と現実のバランス

2008年05月16日 11:50

| 記事アーカイブ |

人の話を聞いていてその意見が主観的なのか客観的なのが現実なのかは普段あまり意識していないのではないでしょうか?

話をしている方もそれほど意識していないと思います。

仕事などである程度の期間色々な事で話し合っていると「言った」「言わない」で食い違うことがあります。

経験を積むとこのような食い違いが起こりやすい相手とそうでない相手が直感的に分かるようになってきたりします。

これは相手との会話の相性のような物かも知れません。自分は性格とは別に会話の相性があるような気がします。

お笑いなど小さな事を大きく極端に話して盛り上げたりします。仕事の場合でも相手を笑わして場を和ませるのはよくある事です。

日本人同士ではあまり話題になりませんが欧米社会ではユーモアーのセンスがその人の能力を測る目安の一つだったりするそうです。

スピーチなどで最初に笑いを取るのはお約束というかよくありますよね。

ある物事について会話をしたり意見を述べるときは主観と客観と現実のバランスをとりながら話しているようです。

この比率は自然と変化しながら話が進んだりします。でも本人や聞き手はほとんど意識していなかったりします。

話が終わり別の機会にあの人の話どうだった?などと質問すると「あの人は主観的な話をしていた」などと分析していたりすることはよくあります。

その場は話を聞き流すのですが後で消化していようです。人間の機能とは不思議なものです。

相手に説得力のある話とは主観と客観と現実のバランスも大切なのかも知れませんね。

●このブログの記事一覧は下記です。URLをコピペしてください。
http://clip-inc.com/blog_index/

●このブログのRSS配信アドレスは下記です。
http://problog.jp/blog/215-01/index.xml


コメントを投稿される場合はシステムの不具合で「〜」の文字が文字が化ける場合があります。ご注意ください。化けても問題ありませんが代わりに「ー」などを使うとよいと思います♪お手数かけてすみません。

【テーマ】趣味と仕事の比率

2008年05月12日 20:46

| 記事アーカイブ |

趣味と仕事の比率を考えると時間的比率と精神的比率の両方が考えられると思います。

単純労働の場合は時間的比率で考えられるかも知れません。しかしそれ以外の仕事の場合は精神的比率も多きいのではないでしょうか?

自分の業界の仕事は時間的な事や休日的な部分では一般の会社とは少し違っていると思います。

時間でおおざっぱに考えると人生のおよそ1/3が睡眠で1/3が仕事をして残りの1/3が自由時間といった感じになると思います。

そして趣味の時間は自由時間の中から捻出することになると思います。

この自由時間の比率を考えると1/3が移動時間で1/3が食事や掃除などの日常生活に費やす時間になるようです。

そして残りの1/3が真の自由時間といった感じになるのではないでしょうか?このように考えると意外と少ない時間に思えますね。自分の場合はですが・・・。

この時間を何に使うか・・・。テレビを見たり本を読んだり人と会ったり買い物や食事をしたり・・・。

自分はオートバイの趣味をもっています。昨年1年間で練習に費やした時間はおよそ100時間でした。大会には8回エントリーしました。

感覚的には自分の自由時間の全てを趣味のオートバイにつぎ込んでいたと言ってもいいかもしれません。

それでも振り返って比率を考えると僅かな比率になっていると思います。

しかし精神的比率は50%以上かもしれません。オートバイの事を考えるのは寝ている時も仕事をしている時もです。

これは恋愛をすると相手の事を想い頭の中が一杯になるような感覚に近いものがあるように感じますね。

今年の2月からは仕事が忙しくなりバイクに乗れない日々が続いていますが(汗)。

先日北京でレコーディングエンジニアと交流しました。彼は30代の長身でスマートな体格と整った顔立ちでした。会食の時に結婚はしているか質問しました。

答えは仕事が忙しくて女性と交際するチャンスが無いので結婚はしていないとのことでした。日本でもよくある話です。

結婚が人生の全てでは無いですがもったいないと思いました。ちなみに30代の未婚女性に同じように聞くと良い相手に出会えない。良いと思う相手はたいがい結婚している。という返事が多いです。

男性よりも女性の方がコミュニケーションや趣味の時間を使うのが上手いような気がします。

仕事に情熱を傾けて働いている男性は仕事も趣味のように考えている人も多いのではないでしょうか?

自分の関わっている音楽関係の人はそんな人ばかりですね(笑)。

●このブログの記事一覧は下記です。URLをコピペしてください。
http://clip-inc.com/blog_index/

●このブログのRSS配信アドレスは下記です。
http://problog.jp/blog/215-01/index.xml


コメントを投稿される場合はシステムの不具合で「〜」の文字が文字が化ける場合があります。ご注意ください。化けても問題ありませんが代わりに「ー」などを使うとよいと思います♪お手数かけてすみません。

【テーマ】ゴールデンウィークはどのように過ごしますか?

2008年05月09日 0:56

| 記事アーカイブ |

今年のゴールデンウィークは飛び石連休になっていて前半と後半に分かれました。

平日の中3日間を休暇を取って10連休という人もいたのでしょうが自分の回りではカレンダーどおりと言う人が多かったように思います。

自分のゴールデンウィークの過ごし方はここ10年くらいは何もしないを基本にしています。

茅ヶ崎海岸という海の近くに住んでいるので少し足を伸ばすだけでリフレッシュできるからです。

自分の住んでいる湘南エリアでは休日と平日のギャップが激しくこれを目の当たり見ています。

車で出かける場合は平日の2倍から3倍の所要時間がかかり駐車場に入るために何十分も待つことになります。

平日の町を知っているので休日の混雑が我慢できなくゴールデンウィークは何処にも出かけない方針を決めました。

それでも数年前に関西から姪っ子が遊びに来た時にディズニーランドに行ったことがあります。

早朝に出かけて夕方までに乗ったアトラクションは2つだけ・・・それはもう大変な思いをしました。

でも本人は楽しんだみたいなので良かったのですけどね。

今年のゴールデンウィークはほとんど仕事に費やしました。すこし空いた日には海岸を散歩しました。

大好きな海のそばに住みたいという思いからここに来ました。おだやかで天気の良い日に海岸を散歩しているととてもリフレッシュされますね。

●このブログの記事一覧は下記です。URLをコピペしてください。
http://clip-inc.com/blog_index/

●このブログのRSS配信アドレスは下記です。
http://problog.jp/blog/215-01/index.xml


コメントを投稿される場合はシステムの不具合で「〜」の文字が文字が化ける場合があります。ご注意ください。化けても問題ありませんが代わりに「ー」などを使うとよいと思います♪お手数かけてすみません。

みゆささんの返事

2008年05月08日 0:53

| 記事アーカイブ |

今回はコメントを頂いた質問の回答をテーマに考えてみたいと思います。

コメントを頂いた記事はこちらを参照ください。

高校から進学する時に専門学校か大学かを悩む人は多いと思います。自分にも経験があります。

自分の経験をもとに言えることは最終学歴は仕事にはあまり大きく影響しない場合が多いということです。

例外はありますがほとんどの場合社会人になると最終学歴によって仕事に大きな影響を受ける事はないと多くの人は言います。

ですから就職への優位性を考えるより今自分が打ち込める事をじっくり考えた方が良いと思います。

人はだれでも将来の事を考えてどうするべきかを考えると思います。

ところが将来どうなるか分からないようなレベルの物事の場合は自分の今出来ることを全力で頑張るしかないとよく言われています。

将来のために確実にしておいた方が良いことは別にして今出来ることを全力で頑張ったことの積み重ねで将来の道が開けると考えられます。

若い頃はこの意味が頭では分かっていてもなかなか本気で理解できなかったように思います。

しかし社会経験を積んでいくうちにこの意味が次第に分かってきました。

ですから将来性を考えるよりも今自分が何に夢中になりたいかを自問自答して進路を決めるのが良いと思いますね。

学校は就職するための手段ではなくそこで何かを学ぶための環境だと思います。

学ぶ事も大切ですがこの環境の影響力がのちのち大きな何かをもたらしてくれる可能性は大きいと思います。

どちらを選ぶか客観的な意見にも耳を傾けつつ主観的感覚を呼び起こして考えてみると良いと思います。

そうすればどのような結果であれ納得のいくことになるのではないでしょうか?自分自身の人生ですからね。

頑張ってください。

●このブログの記事一覧は下記です。URLをコピペしてください。
http://clip-inc.com/blog_index/

●このブログのRSS配信アドレスは下記です。
http://problog.jp/blog/215-01/index.xml


コメントを投稿される場合はシステムの不具合で「〜」の文字が文字が化ける場合があります。ご注意ください。化けても問題ありませんが代わりに「ー」などを使うとよいと思います♪お手数かけてすみません。

専門学校検索進学相談会専攻学科占いプロのお仕事ブログはじめての方へ
プライバシーポリシーお問い合せリンクサイトマップ資料請求校一覧
Copyright (C) Eibi Tsushin All Right Reserved.